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東北関東大震災 〜当日
 その日は前日まで寝不足が続いていたので、昼前にベッドに行き昼寝をしていた。目が覚めて時計を見ると子どもがそろそろ帰ってくる時間。ベッドから出ようとしたその瞬間、揺れを感じたためすぐ階下のリビングに行った。揺れはなかなか収まらず恐怖も感じたころ、いったん揺れは収まりかけたように感じたが、更に強い揺れが我が家を襲う。

PCやら電話がある机兼棚がかなり揺れていて、ここが砦でもあったため必死で棚を押さえました。それでも棚からは物が落ち、照明の傘が揺れぶつかり合い、家はミシミシと音を立て早くおさまって欲しくて、それだけでした。子どもが帰る時間だったので心配になり外に出ると、家の前の通りにはあまりの揺れに停まった車の、助手席に子どもを乗せた女性ドライバーが恐怖におののいた顔で電線を食い入るように見つめていました。反対側にも停まった車が何台かあり、車から降りてきたドライバーに揺れはとりあえず収まったことを伝えると、ホッとしたように、しかしながら慌てる様子は隠せないまま走り去って行きました。子どもが帰ってくる道まで出てみましたが、人影は見えず・・心配・・。すぐに母に電話するが返答なし。何度か掛けてやっとつながった(この時はまだ)。

港の方からは黒煙が上がっています。心配になり、近所の方に学校から連絡が来たか聞いてみると、来てないとのこと。すぐに電話でダンナに掛けるも繋がらす・・携帯メールも、家電もダメ・・ガスはしばらく止まっていましたが、停電にはならなかったので寝る前にスリープ状態だったPCを復活させ、Twitterを見てみると、皆さん口々にすごい揺れだった、遠くの方は「大丈夫ですか?」などの発言が飛び交う。しばらく様子を見てテレビをつけるとワイドショーの時間だったため地震の情報をやっていた。東北が震源地だという。横浜は震度5そうこうしているとまた強い揺れが・・悪夢のよう。

しばらくして学校から携帯メールがあり、下校前だったため生徒たちは教師付き添いのもと集団下校になるという。テレビを見ていると二度目の揺れは震源地が茨城沖だという。すっかり先ほどの余震だと思っていので余計に恐怖心をあおる。しばらくすると二度目の学校からの連絡。集団下校を開始するとのこと。更に中学校からのメールも入る。メールなら出来る?と思ったが、優先順位が高いのか学校から受け取れるメールが唯一・・。最初の地震から30分くらいしてダンナと連絡が取れる。スタジオで機材を支えるのに必死だったと。テレビからは津波の情報が入り・・・。

落ち着いた頃に2階に行ってみると、寝室の大きな鏡が倒れていたが無事だった。子供部屋を覗くとおもちゃが床に落ちて細かいパーツが床に散らばっていた。洗面所ではプラスチックの安物の時計がシンクに落ち割れていた。あとはボトル類やスプレー缶などが落ちたが特に大きな被害なし、と思った矢先右足のくるぶしに痛みが。見てみると棚から落ちたであろう書類ケースの角が当たったようで、擦り傷と打ち身のような痛さ。たいしたことなかったけど。

そうこうしているうちに最初のメールからほぼ1時間たったころデーカン帰宅。15分後くらいにセシィが帰宅。二人とも割と落ち着いていてテレビを見たり宿題やったりして過ごす。買い物も気になったが、家にあるものを調理。セシィが近所の同級生の親が仕事でいなく一人だというので、親が戻るまで家にいたらと提案。出掛けるが戻らず(バカ)。そのまま友人宅にいたので、やっぱり買い物に行ってみた。

下の通りに出るといつもよりは人が多く、遅くまで営業しているスーパーでは棚からモノが落ちたらしいがその跡形などはなく、強いて言うならば入口の外に続くタイルの床が数か所割れていた程度で、店の中は普通に食料があり米5キロ、野菜などを買っていく。100円ローソンによると数は少なくなっていたが、カップヌードルを発見して6個ほど買った。アイスやお菓子も買って家に戻った。セシィはまだ戻らず連絡したがなかなかつながらず。携帯メールは復活していたように見えたが、タイムラグがあり時につながらなくなる。その矢先帰宅。激しく怒る私。今夜は帰宅難民であふれる東京の様子をテレビが中継していた。セシィが「すごいね、コマーシャルとかさっきからずっとやらないね」と言っていた。
author:POP, category:ディープな話, 22:40
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