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そういえば韓国旅行記い笋辰蛤能章
さてさてショッキングなマッサージから一夜明けて、出発の日がやって来ました。割とゆっくり目に荷物を預けてチェックアウトして(通常は12時)、明洞へ向かいます。朝ごはんも食べなくて出発したもんで・・というのはお目当てのユガネタッカルビがあったんです。まだお店を開ける準備をする人で稼働していない街をウロウロします。一度お店を覗いてみましたがまだ開いておらず、再度店を訪ねました。結構広い店内は若い人が多かったかな。タッカルビとは鶏と野菜を甘辛いタレで炒めたものですが、これがまたうまい。チーズをトッピングでお願いして大正解。最後はやっぱり炒めご飯で仕上げ・・腹一杯だよ・・。ちょっと苦しくなった感じのまま、今度はソウル駅近くにあるデパート、「ロッテ百貨店」に出かけます。地下鉄のカードはデポジットが必要でしたが持っていて大正解。最後の最後まで地下鉄のお世話になりました。駅から歩くこと6〜7分てとこでしょうか?出口とか行く場所のロケーションがわからないのでちょっと歩いてしまったみたい。ソウル駅は東京駅くらいの規模で、そのすぐ横にロッテ百貨店があります。1階は大きな食料品売り場になっていて、ここで購入した牡蠣のキムチ!美味しかったです。いろんなキムチがあって味見させてくれるんだけど、これとこれ、というと勝手に1キロくらいの容量に・・。一度はそのまま受け取ったものの、こういうのは今美味しくても結局は全部食べきれず終っちゃうんだよな〜、と考えなおして半分くらいにしてもらいました。ちなみに買ったキムチはラップでぐるぐる巻きにして匂いも漏れないようにしてくれるので、帰る間際に買うのが良いかと思います。あとは海苔とかチャプチェとかホントは安いんだけど、日本で買うとなぜかやたらに高い食料雑貨とか買い込んで、とりあえずチェックアウトしたホテルに戻り、荷物を預けます。その後また私たちは明洞の街でウロウロ・・。


ソウル駅で見かけた、栄養ドリンクの看板。あれー、皆さんどこかでお見かけしたような・・・。


ミリオレを背中に明洞のメインの通りを一本左に入った通りで見つけた占いカフェ(ですよね?)の看板。同じ店のものなんだけど・・どちらも惜しい・・。


渋谷を毎日うろうろしても楽しくないだろうけど、よく比較されるソウルの渋谷、明洞は飽きないの。やっぱり物珍しさかな〜?しかし、天気が悪そうだったにもかかわらずなんとか持ってくれました!

ゆっくり目の飛行機だったので空港へ向かうバスのピックアップは午後5時。3時半ごろになってまだタッカルビで膨れたお腹を抱えつつ、初日に行けなかったフグの店へGO!今度はやってるんだけど・・店の人たちがまかない食べてて日本で言うとランチが終わって、夕方からの営業に向けて準備中っていう時間。ここも日本語は皆無悲しい。なんとなく聞いたら、なんとなくOKということで、着席。まあ見た目もかなりボロッちい店でしたが店の床も傾いているような、自分をしっかり持っていないとよろめきそうな・・。フグのプルコギ、「ポップルコギ」を2人前とビールを頼みました。付け合わせはたくあんと湯引きした皮の辛い和えもの。この和えものが絶品でした!


鉄板の上に載せられたホイルにフグとセリが乗ってます。シンプルだけどおいしい。グツグツしてきたらこのままガブリと食い付きます。


んで最後はやっぱりお約束のポックンパ!色々食べましたが、ここのは絶品!ビール飲んで二人で30000ウォンくらいでした!


いや〜、やっぱりお腹が苦しい・・もう少しお腹が空いていた時に食べたかったな〜、と贅沢な事をほざきつつ、ホテルに向かいました。迎えのバスに乗ってさらに色んなホテルにお迎えにバスが停車します。ソウルタワー近くのヒルトンホテルを最後に一路空港へ!・・っとその前にお約束のお土産屋さん立ち寄り・・キムチの試食とかあって結構言葉巧みに販売戦略が待ってますが、日本で買うより高い?と思わせるような値段で、他にあった民芸品ぽいお土産も市価の3倍・・・。バッグの中に残ったウォンを全部叩かせようって言う魂胆です。が、いましたよ!買う客!結局ウォンが足りなくなってカード切ってましたがね・・。スケープゴートと化した独身女性一人旅の方、おかげで助かりました。でも今だにこういう店があってツアーの最後に連れて行くって言うのが信じられん。市価と同様もしくは多少高いのであれば良いのだが、これって1個の値段だよね??と疑問が常に残るような価格で、ぼったくりも良いところだ。おばちゃんの団体なんかになると、一人が買う→みんな釣られて買うってあるんだろうな〜。私たちの他に子供連れの家族なんかはトイレに行ったり店内ぶらついたり。

最後の最後でさっちゃん具合悪くなって、機内食も手をつけないまま羽田に到着。バスで横浜駅まで戻り、そこからはタクシーで帰宅。みっちりと濃い三日間でした!韓国は時差がないのが◎。次回はセシィでも連れて行くか・・。


author:POP, category:, 23:50
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そういえば、韓国旅行記
旅行に行く前からさっちゃんと「行こうね!」と言っていたサウナ、チムジルパンですが、日本語でいうと「サウナ」とか「健康センター」なんかの類だと思います。汗蒸幕という松の木を燃やして熱した石がまに入るサウナは、ホントに暑くて日本にありがちなフィンランド式サウナのようなドライとは違ってムシムシした感じ。岩盤浴みたいに手の甲まで汗かきます。

明洞の汗蒸幕なんかは日本人と韓国人では値段が違うどころか、韓国人はただ「入場料」を払ってのんびりゆったりリラクゼーション、に対し日本人は「コース」というものをほぼ強制的に受けさせられます。前回友人と行った時は粘って入場料だけで(といっても韓国人の倍)入ってゆっくりできましたが、交渉がめんどっちいのともう少しローカルな雰囲気を味わうために、新村(シンチョン)というエリアにある24時間やっているチムジルパン「ハッピーデイサウナ」に電車に揺られて行ってきました。乗り換えしてから反対方向の電車に乗っていたのに気が付き、といっても一駅だけですが「あらら・・」と反対側にきた電車に乗り換えなんとか到着。ビルの地下にあるサウナの入口がわからず引き返したという口コミも読んだことがあったので、気をつけて入口を探したらありました。

入場料7000ウォン払って、鍵をもらってまずはお風呂。この辺は日本のサウナ同様、ジャグジーみたいに泡がポコポコ出ているお風呂だったり、温度もぬるめのお風呂があったりとあまり変わり映えしない感じ。このお風呂場に併設されていたサウナには壁狭し、と韓薬がぶら下げられていて袋ごとに違ったハングルが書かれていてので、それぞれ中身が違うんだと思います。適当にあったまったところで、垢すりのアジュンマと呼ばれるおばちゃんを探します。いた!でも明洞のぼったくり汗蒸幕と違って日本語が通じない・・英語なんて全く当てにならず・・そしたら丁度服を着て帰り支度をはじめていた女の人が通訳してくれてなんとか垢すりの予約にこぎつけることができた!

さて・・汗蒸幕はどこかいな・・となんとか聞いてみると地下にあるというのでまず地下にいるのにさらに階下へと下がっていきました。そのフロアにはゲームコーナーのようなエリアがあったり、意外と低い天井だったB1Fに比べ少し広々しています。更に階下へ行くとそこにはかなり広い感じでよりどりのサウナが展開していたのです。びっくりしたー、地下3階だよ・・。ここのフロアにあるサウナは男女兼用なので「サウナ着」を着て入ります。時間も遅かったのでその辺でフツーに寝てる人たちもいて、かなーりくつろぎムード。汗蒸幕は背をかがめて入るサイズのドアがついていて、おじさんの先客あり。しばらくするとアドバイスをくれるのだが何言ってるかわからず・・。温度は少し控え目で長めに入ることが出来、汗びっちょり。この他にも水晶みたいな粗めの砂利石を敷き詰めた石サウナとか、色々楽しんできました。

さてさて、垢すりの時間になったのでもう一度お風呂で待機。ご飯を食べてたアンジュマたちが垢すりの台をキレイにし始めて、一人ずつ呼ばれて二人並んで垢すり開始。やっぱり私には痛い垢すりですが、ちょっと慣れてくると気持ちが良い。所要時間は45分くらいだったかな?これで15000ウォン。垢すりが終わるとマッサージを勧めてきたのでさらに30000ウォン払ってお願いした。1時間くらいのマッサージだったけど、基本はかなり強いリンパマッサージ。ポーン、ポーン!と浴室内に響くような軽快な音で手のひらを丸めて叩きつける。このマッサージの最中にかなりショッキングな事が・・!アジュンマ、私の両乳をわしづかみにしてぐいんぐいんと、乳はずれるんじゃ・・??と不安になるくらい回す。しかもこの行程で3回位のルーティーンがやってくる・・。びっくりでしたよ。んーーーまあかなり丁寧でありながら乱雑ですけど、日本のよわっちいマッサージを期待していると大変な目に会います。1時から始まって終わったのは3時も近い時間でした。もう一回、サウナのエリアで温まってタクシーで帰りました。

結局寝たのは朝方だったけど、最後の一日、楽しもう♪

韓国に来たら是非!テトラパックのコーヒー牛乳。昔は600₩だったのに今は800₩。



そういえばこの日の朝に立ち寄った駅にあるカフェ。朝のコーヒーをと思いつつ、小腹に入れるようなマフィンとかそんな類のものが皆無・・。そういえば駅の改札のところにカステラみたいな焼きたてのお菓子を焼きながら売る店があったはずと、小さい袋のものをゲットしてカフェに戻る途中に、焼きたてのケーキ?大判焼きの小さい感じのものだったけど、これを口に放り込んでガブリ・・・アツアツもアツアツのカスタードクリームがお口の中でジューと飛び出て燃えたぎる悪魔と化して暴れまわる・・もうホント死んだかと思いましたよ・・。

こちらの写真はホットクというほっとけないお味。中身は黒砂糖、松の実、ピーナッツなどといった素朴な甘さのお焼き。これぞ韓国!というB級グルメ外せない私は滞在中2回は食べたかな?3回?

author:POP, category:, 00:02
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そういえば、韓国旅行記
旅は天気がいつでも気がかりで、この旅行も1週間くらい前から毎日ネットでソウルの天気をチェックしていた。長女のダンナがちょうど1週間ほど前に韓国出張に来た時はマイナス10度とかで「ただただ寒かった」ということだったから、寒さ対策はかなり慎重に考えていた。しかし季節は真冬でもコートがあれば全く問題ないくらいの気温で、襟元を合わせる寒さではなく、寒さ対策をしていたらかなり汗かきになっていたんだろうと思った。

二日目は明洞を朝からうろつく。前に来た時からかなり街並みが変わっていて、お気に入りのランジェリーショップ「BODY GUARD」は見つけられなかった(消えたか?)。街角街角でよく見かけた「MINI MALL」という数百円で買えるような化粧品をたくさん売っているお店も見かけなくなり、その代りにエチュードハウスやらチェーン店になった化粧品の店もとてもおしゃれで、そこいらに「IKKOさんおすすめ」という文字も見かけるのが異様だったが、店頭で配るサンプルにつられてどこの店も日本人であふれていた。

曇り空のソウル、今日は仁寺洞(インサドン)と呼ばれる街へ足を延ばす。このエリアは古民家風の建物が多く、強いて言えば鎌倉とかそんな感じなのかな?お土産も民芸調でモダンなものが多く明洞とは一味違った空気が流れる。

仁寺洞の町並みで見つけた不思議な空間


で、君は誰?



今日のお昼はかなり期待していた「カンジャンケジャン」。ワタリガニの醤油漬けで、あちこち探した結果、ここが安かったのでこの店に絞った。お店の名前はシンイルだが、ハングルで書いてくるのを忘れたので、これもホテルのフロントで「シンイル」という文字を書いてもらい、その看板を探す。昼休みの時間を少し過ぎていたが地元のサラリーマンで賑わっていた。ケジャンと太刀魚の定食をそれぞれ一人前頼む。付け合わせの茶わん蒸しのような石焼鍋に入ってきた卵料理が絶品!ちなみにこちらでそれぞれ1人前。


そして肝心のケジャンだが、うまい!ウマすぎ!バリバリ、チューチューと次々に平らげて、調べたとおり甲羅の部分にはご飯を入れて隅々の味噌やら汁まで米粒に吸わせ、それを茶碗に戻し混ぜて食べる。オスと卵を持ったメスが1ハイずつでたったの20000ウォン。ちょっとしたところ行ったらこの倍しまっせ。太刀魚は10000ウォン。これはまあはっきりどうでもいい感じだったのでここの看板メニュー「シンイル定食(ジョンシク)」にすれば良かったとちょっと後悔。



こんなにおいしくて安い蟹を満喫した後は、その辺を散策しながらあまりあてにしないガイドブックで唯一気になった、古民家を改造したフレンチレストランでお茶をする。たしか重要文化財とかそんな建物だったような気がした。一見、普通の見学するようなそんな家なので入り口まで行きながらも、ここじゃないな〜〜とそこを後にしてしばしうろうろした後、その辺の人に聞いたらやっぱりその建物だった。中に入るとこんな感じで、おしゃれな雰囲気でしょ。


さっきの定食が二人前で30000ウォンだったのに、こちらのお茶は二人で15000ウォンほどしました。なんだか高く感じるけど、お菓子がついて500円位。金銭感覚狂いますよ・・。お茶は伝統茶で私はプラムのお茶だったかな。さっちゃんのは・・なんだっけ?


お腹一杯だしゆっくりお茶を楽しんで、かなり興奮したのがこちらのトイレ。すごく可愛い〜。ドアもステンドグラスになっていてなんて素敵な空間!めちゃくちゃセンス良かったです!


もう本当にお腹いっぱいだったんだけど、どうせ来たなら、と夜はタコの激辛料理、ナクチポックンに挑戦。昨日の石焼定食のお店と同じ駅で少し奥まった所にあったけどなんとか見つけられた。こちらはあまりに辛過ぎて写真を撮る余裕なし(笑)。唐辛子の味噌で真っ赤になったタコを頂く。てか辛過ぎ!ビビンパにしたご飯が愛しかった。帰りにスーパーで辛味を取り除こうとキャラメルを購入。

ホテルに戻って少し寝て、これからサウナ。

辛いのを思い出してグロッキーなので続く。
author:POP, category:, 21:45
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そういえば、韓国旅行記
遡ること数か月・・2月の1〜3日まで韓国に行ってきました。

今では引っ越してしまったけど(といっても近所へ)、お隣さんだったさっちゃんとの二泊三日の旅でした。前回韓国に行ったのは6〜7年前だったけど、今では羽田からの便も多くアクセスも良く感じられたのでした。

行きは朝早い便で、帰りは遅い便で、とどうせ行くなら8千円のオプションでフライト選択。朝は8時50分だったっけかな?(記憶にございません・・)それくらいのフライトで金浦(ギンポ)空港へ。実は今回もフライトとホテルを自分で決める自由旅行にしようと思ったけど、その場合は帰りのフライトが5時台のチケットしか安めのものが見つからないので、結局はあまり値段の変わらないツアーにしたのでした。しかし、フライトはほとんど女性?というくらい機内を埋め尽くす女性の群れ・・。

2時間ほどで韓国に到着。お決まりのツアーバスに乗ってこれまたお決まりの免税店へ向かい、放免になったのは結局午後3時前。ホテルに荷物をおろして一息ついてすぐに向かったのはトブロハムッケ


石焼定食は11000ウォンでした。ちなみにウォンは1000円で15000ウォンほどなので700円ほどの計算。日本語のメニューもあるので指させばオーダーできます。味は良かった&お勧めです。帰りの駅の近くのブティックで破格値のセール発見!しかも90%オフってやつでしたのでかなりフィーバーして大荷物でホテルに帰るのでした。



地下鉄の駅で見かけたポスター。韓国の次長課長?

ホテルに荷物を置いてすぐそこの明洞へ出かける。するとなぞの人だかり。注意してみるとみんな携帯カメラを向ける先には・・なんと!驚くべき白塗りのオヤジ!とりあえず写真を撮ってホテルのフロントで聞いたところ、「オー、アンドレ・キム」ということでアンドレ・キム。

詳しくはこちら。
言われてみればですが美川憲一のステージ衣装のデザイナーだそうで。何が驚いたって、生え際の髪の毛・・塗ってるんです。なぜ?夜泣きするかと思いましたよ・・、私。

明洞のミリオレにある1000ウォンショップで見つけた看板。


今回の目的のひとつ、ふぐのプルコギを食べようと遅い昼食で膨らんだお腹が落ち着いたころ、電車で目的地へ。駅について歩くこと5分。細い路地を通って向って見つけました!が、すでに閉店、掃除中のため次の予定の東大門で食事をしようとタクシーを拾う。東大門でのお買い物ですが、運動場が改築中で土地勘まったく失いましたが、見ようと思ってた店はとりあえず探せました・・ぜいぜい・・。食事はフツーにチャプチェやチヂミといったB級グルメの基本。味はフツーでした。

ホテルに戻ってコンビニで買ったビールで1日目の終りに乾杯してさっさと寝たのでした。

続く
author:POP, category:, 21:31
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沖縄 パート3
どんよりとした曇り空の到着日だったが、翌日は天気が良かった。泊港から出航するフェリーに乗るためにターミナルへ向かう。フェリーはそこそこの大きさがあり、離島である渡嘉敷島で生活する人なのか車も積み込めるくらいだった。出港も近づいたころ、数名の女の子のグループが走ってきて戦場にいた友人らしき人に紙テープを投げる。ついでにセシィも紙テープを数本貰い旅気分もなかなかのものだ。泊大橋をくぐりフェリーはぐんぐんと沖へ進む。しばらくすると泊港も彼方へ消えはじめ、5分違いで出港したフェリーも並行して来てそれがだんだんと右と左へ分かれ始める。那覇から西へ30キロの距離だが沖へ行くと昨日の低気圧の影響か、うねりも出始めデッキの後ろにあるベンチには学生が数名倒れていた。こんなうねりが初めてのデーカンはグロッキー気味でしばらく抱っこしていたら寝てしまった。セシィは揺れる船旅をたまに襲う波しぶきを浴びながら楽しんでいた。

1時間半ほどでフェリーは大自然を感じさせる島の側面をなでつつ、港に到着する。それぞれの宿から迎えが来ていて私たちの宿の名前を探すが見つからず。気がつくと待合室で待っているのは私たちだけ・・という場面に。タクシー代わりの送迎の人が声をかけてきてくれたが、迎えが来ますんで・・となかなか来ないから電話をした。慌てて?迎えに来てくれたのだがまあ島時間ということで・・。山を越える形で港と宿は島の反対側に位置している。渡嘉敷で一番人間の多い「阿波連(あはれん)」というエリアに今回の宿、【リーフイン国吉】がある。一番人間の多いと言ってもひっそりと静かで、人はそれほどでもないような。来ました、島に!というのどかな時間が流れている場所だった。ペンションと名がつくものの部屋はセルフサービスで敷く布団だったり、それでもバスルームは思ったよりきれいだった。どこの宿からもビーチまで数分の距離でこじんまりとした町内。ビーチまで続くほんの数十メートルの道の両側には居酒屋だとか食堂だとか、浮き輪や水中メガネ、カヤックなどのレンタルがあったりちょこっと賑やかな感じもしないでもないがそれもほんの一瞬だ。すぐにビーチに出てみると水は透明。これだけでもありがたいが薄曇りで少し肌寒い。子供たちは水着に着替えたがデーカンは結局入らず。セシィも少しだけ入って出てしまった。波の音とたまに頭上彼方を通過する飛行機の音が聞こえてくるだけでほんとにのんびりできる。石垣島や宮古島、久米島といった飛行機が乗り入れている島を除けば沖縄の離島などはこんなものだろう。当日も午後から入れたのだが翌日ダイビングをやることにした。夕食は一階の食堂で。食後にはサンシンのミニライブでもてなしてくれた。春休みにもかかわらず私たち以外には二組ほどの宿泊客でどこもかしこものんびりとした雰囲気。食後はまたビーチに星を見に行く。子供たちはその辺をげらげらと笑いながら走り回っていた。普段与えられすぎている物に溢れていて、無から生み出す遊びの楽しさも知らないと思ったが子供というのは何もないならないなりに何かを考えだすものだ。きれいな海があって静かな時間があって、と島の人にはほんの日常で退屈で仕方ないことはないものねだりであり、逆に都会人にはうらやましく思えて仕方ないことなのだ。

朝起きるとかなりいい天気で私たちのテンションも上がりっぱなし。朝食前後にいたたまれなくなりビーチに行く。人もまばらな季節はずれのビーチの先にはまばゆいばかりの青のコントラストが広がる。さすが渡嘉敷だ。そうは言っても宿の二男でダイビングなどを切り盛りするハルヒロ君によると「自分たちが育った海」と今ではとてつもなく違い、当時の、とは言わないまでも出来れば少しでもそこに近付くように何とかしたいともがいているそうだ。

食後しばらくしてダイビングに行くべく準備をする。港に着いて「では器材のセッティングを」と言われて我に帰る。ダイビング自体は10数年ぶりだし、100本以上潜ったその後半は海外でのいわゆる「殿様ダイビング」だったので、ポイントに着けばクルーがBCジャケットと呼ばれるタンクを装着したベストを着せてくれて自分は海に潜り、上がれば次のダイビングの準備までしておいてくれるというものだった。タンクを前にしてどうだったっけ?としばし考え込む。最初にタンクの空気の匂いを嗅ぎ異常がないか調べる、という作業なんて、初歩の初歩でやったきりだ。む・・・・。ポイントまでは船で10分かからないくらいの場所にあり、リーフの豊富な渡嘉敷では水深はあまりない。かつてパラオの海で足元が700mとか落ち込むドロップオフで「あの世」とも言わんばかりの景色を見たり、ドリフトと呼ばれる海流に身を任せるダイビングをした私にとってはちょっと物足りない気もしないでもなかったが、それはそれ、だ。リーフの周辺を回るので小魚が多く、その周りには白砂の海底が広がる。途中でかすかーにかなり遠くから響いてくる「音」に遭遇する。ハルヒロ君、すかさず海中ノートで「クジラの鳴き声」と教えてくれた。ほ〜〜ッ、そうなんだー、と感激する。午後は家族で船に乗り込み、私はダイビング、残りはシュノーケリング・・となるはずだったが、デーカンは怖がってNG。ダンナと船に残った。

シャワーを浴びて髪を乾かしているとセシィが息を切って「ママー!わっはっは〜、って乾杯する人がいる!」という。???と思ったら「お笑いの!」というのでもしや・・と思いビーチに出かけてみると何やら都会から移住したという家族をレポートするために「髭男爵」がいるではないか!隙をねらって記念写真を撮る(笑)。ダンナもよくわからないが一緒に撮る(笑)。ちなみにグラスの中身はファンタグレープだそうだ。


翌日は天気もあまり良くなかったがセシィが体験ダイビングをやる。日帰りで島にやってきたという親子も一緒だ。島に来てからちょこちょことシュノーケリングをやらしていたので、落ち着いて潜ることができたようだ。夜は雨だった。前日くらいから見かけた宿泊客は沖縄県の職員らしく、今悲劇的に変わりゆく沖縄をどうにかしようという会議が渡嘉敷で開かれたそうで、そのことでいろいろと話をした。一番の問題は沖縄の命でもある珊瑚の白化現象、死滅などでサンゴの移植に取り組んでいる団体があるというが、実際にそのサンゴが根付いてサンゴ礁を取り戻せるかという問題は難しい、ということ。そんな状況でも何かをやらないことには始らないのだ。渡嘉敷でも島の発展か自然の保護かで揺れているところもあるらしい。島の人にすれば死活問題で「自然を保護せよ」とばかりも言ってられないそうだ。渡嘉敷には山がありきれいな水がある。昔に比べればとぜいたくを言えばきりがないだろうがまだまだ海の色は果てしなく青く、ただバリでがっかりしたように発展の代償が大きすぎる、なんてことにはなって欲しくない。沖縄からのアクセスも天候によるため、難しい部分もあるだろうが、エコツアーを提案したり島のダメージをなるべく少なくとどめながら繁栄しないでも島民たちが十分に暮らしていける収入を見込めるようなシステムを導入して欲しい、と勝手に思う。

こんな景色を毎日見て過ごすのはやっぱり退屈になるんだろうか?


島を離れる朝、宿の前で記念撮影。滞在中一緒だった年配の夫婦と同じ船に乗り込む。那覇に着いて国際通りでお買い物。塩味のちんすこうが美味しかったのでお土産に買う。渡嘉敷で生産しているとまぐろジャーキーはこれまた絶品で書いていたら食べたくなった。レンタカーを返却して空港でまた別れる。帰りの飛行機のシートは2階部分の前列二席で私はそのすぐ後ろの前にシートがない窓側。足も思いきり伸ばせる。後で知ったがスカイマークはお菓子のセット(小さいが)と飲み物はペットボトルでチョイスできるようだ。ANAは飲み物しかなかったぞ・・。横浜駅で食事をして現実の荷物の整理や洗濯が待つ我が家へ到着したのは午後10時を過ぎたころだった。
author:POP, category:, 12:34
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沖縄 パート2
機内のアナウンスで気づき、窓の外を見ると視界に入って来出した礁や小島などの周りには白い波がはっきりと・・。そんな判断も残念なことに的確であり、夕方の高速艇はキャンセルになっていたため、空港ロビーで携帯片手にホテル探しをする。ツアーデスクを見つけホテルのリストを貰うがホテルが少ないのでやはり携帯サイトをいくつか見比べ、国際通りに面したホテルを探したがめぼしいホテルは春休みのためか満室・・結局5400円朝食付きという国際ホテルから徒歩5分ほどの立地にある【ホテルサンパレス球陽館】に決めた。

家族が合流して、まずはレンタカーのピックアップだ。船の関係で泊港に営業所を構え、空港からの乗り捨てもOKだというOTSレンタカーを予約済み。車はほとんど新車の日産NOTEだった。コンパクトだが室内が結構広い。ナビも付いていて保険入れて6時間4500円位だった。沖縄には電車がない、といっても市内のモノレールだけだ。タクシーも安いが、やっぱりこまごまと動くのにはレンタカーが一番だと思う。まずはすぐ近くのモールにてソーキソバで腹ごしらえ。おいしかった!室内にあるアスレチックに子供が睡眠不足にもかかわらず狂乱。こんなところで時間をつぶしても何なので、これまた意味もなく玉泉洞のあるおきなわワールドへ向かう。ナビがうるさい。方向感覚が大して悪くない私は自家用車にもナビをつけていない。70m、30m、とアナウンスが入り、慣れないと曲がるタイミングも難しい。こうして化石のような人間になっていくんだと思った。おきなわワールドは大したことなく(笑)、でも15年も昔に来た時の面影がないような・・??ブルーシールの黒糖アイスが美味しかった。ダンナは車で昼寝していた。このあと疲れていたダンナに気を使い特に何もすることなくレンタカーを返却・・・。ホテルまで送ってもらう。

ホテルはまあ古いといえば古く、パッケージのツーリスト用、という構えであったが部屋は改築したらしく、エレベーターから部屋に向かう間にもアジアんちっくなインテリアだったり、なんせホテルの説明をみると「ロハス」な空間だそうで、追いついたと思った時にはロハス自体が死語になっているという寂しげな形容でもあったりする。くつろぎの空間とかそんな漠然としたものでいいのに・・。部屋は禁煙が空いてなく、一瞬悩んだがそんな時間もないので喫煙の部屋でもと言うと、オゾンだかの消臭できる機械を回しておくとのことだったが、たばこの匂いは全くせずひと安心(どんな空気清浄機でもたばこの匂いは消せても有害物質は除去できないのだ)?窓から見える景色はすぐ隣のビルで新聞社のようだった。まあ景色など期待しないとりあえずの宿なので良いよ、もう。しばらくゴロゴロと横になったり、映画のカードを買ってスパイダーマン3を見たりして、いよいよ本格的におなかが空いてきた。国際通りへGO!夜風は適当に暖かく、肌寒く、といった感じでてくてく歩くには十分すぎるくらいだ。国際通りまで子連れでぞろぞろ歩いて5分ほど。

予習していったが国際通りは度肝を抜かれる位の変貌を遂げていたのだ!一昔以上前になるが、観光客相手のお土産屋はもっと風情があった。おきなわやに代表されるようなネオン管がけばけばしくて、ご当地キティやキューピーなどのグッズがある店がゴロゴロしていて、私の知っているような佇まいの店は数えるほどだった。ちょっとショック・・。でも市場への通りなどはまさしく昔の国際通りの名残があり、ローカル気分を味わえるので一安心。食事はけばけばしいネオン管のおきなわやの2Fにあるチャーリータコスへ。泡盛すすりながら、うちなー料理食べたり島唄ライブの店などで(これもかなり多い店の類)だらだらと過ごせないのが残念・・。あちこちと店を覘き帰る日にまた立ち寄り買うお土産の下見をする。ピロピロピー!とかなりうるさい笛を子供たちに買うダンナを恨めしく思いながらホテルにほとんど戻りかけた角まで来た時、びっくりしたことにダンナの知り合い(正確にはツアー中に知り合った、あるアーティストのファンでツアー中は北海道、静岡、そして東京とショーを見に行くと言っていた)に出会う。彼はマジシャン?もしくはマジックを得意とする人で目の前でいくつかマジックを見せてくれた(突然すいませんでした、そしてありがとう♪)。ビールを買ってホテルに戻りこれまた飲まないダンナなので一人でビールをちびちびとやりながら、ロビーにあった15分100円のインターネットで明日の情報を収集。もし明日も天候不良だったら・・という不安を胸に近場のリゾートホテルを探した、念のため。目の前がオフィスな景色は1日で十分だ。大阪でも名古屋でもなく沖縄なのだから。高速艇はだめでもフェリーはかなり波が高くてもOKだということもロビーにいたスタッフから耳にして就寝。朝は普通に目が覚めて、サイトで評判の良かった朝食バイキングへ。和洋折衷で沖縄料理もあり、その昔私を虜にしたシークワーサージュースもあり、ツーリストホテルのランクでありながら内容はなかなかのものだった。那覇へステイするならここのホテルすごくお勧めです!

タクシーを呼んで港まで10分弱。マリンライナーの朝便は欠航、フェリーで行くことにした。

またまた長くなったので続く・・(はしょれない〜・・涙)
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ホントは3月から4月にかけての出来事 沖縄パート1
去年の夏に仕事で沖縄に出かけたダンナだが、関係者が日帰りで渡嘉敷に行ったらしくその話を聞いて、沖縄へ行く!と言い出したのが去年の夏の終わり。私たち家族は子供の秋休みを利用して渡嘉敷へ行く計画を立てたのもつかの間・・台風接近で泣く泣くキャンセルしたのだった。そして仕切り直しである。

今年は二月からツアーで全国を飛び回っていたダンナが、スコーンと1週間ほどの休みがあるセシィの春休みの期間に絞った。でも前日は仕事、でも横浜♪というようなビッグチャンスを逃すなー!そして旅のナビゲーターは私。いろいろとプランを練ったりあちこちのエアーの値段を比較したりしながら気がつくとセシィのANAのマイレージがちょうどそのころ切れるものがあったので、私かダンナのどちらかがANAで一人旅。しかもうまくその春休みの時期で特典旅行が取れたのもラッキー。協議の結果私がANAで一人旅、4万円ほどの差が出るため諦めて残りの三人はスカイマークで往復とった。がその一週間ほど後にANAがさらなる割引運賃を出してきてスカイマークとほぼ変わらない値段、いやそれよりも更に安いチケットだったのには軽い眩暈を覚える。

通常那覇から渡嘉敷には一往復ずつフェリーと高速艇が運行している。ハイシーズンには高速艇が二往復になる。しかしその日程の前後は高速艇が一往復なのにまさに私たちが乗る日には二往復なのだ。しかも朝一のフライトではフェリーの時間に間に合わず、でも11時発の高速艇には余裕だったので、超ラッキー、スーパーラッキー、ノリノリ〜(MC AT)でほぼ朝一のフライトに変更したのだった。しばらくしたある日、渡嘉敷行きのフェリーを予約したところから電話があり11時の高速艇はキャンセルになったと・・・。夕方の便まで時間をつぶすしかないと、レンタカーを手配しておいた。

当日は6時前に羽田に着くために5時18分の電車に乗り横浜で乗り換え、順調に空港に着いた。ここのところのテクノロジーの進歩は著しく、搭乗手続きはQコードを端末にかざすだけでOK。レシート状の用紙に搭乗ゲートのナンバーなどが書かれていた。セキュリティチェックもシャリシャリ〜ンで通過。一応何もなければいいが、子連れダンナチームの無事を確認するためボーディングは粘ってほとんど最後に。なんとか乗れたんだろうな。そして空路にて10数年ぶりの沖縄を目指す。

ほぼ仮眠状態で家を出発したので眠い。少し寝た。気がつくと海の上を飛ぶ飛行機から流れるアナウンス。「この先低気圧の通過により当機は多少の揺れが予想されますので、シートベルトを・・・」。そうか、そうか・・・何ィ!!!離島へ行くフェリーはまだしも高速艇は波が3mを越すとキャンセルされてしまう。今夜は那覇泊???しかも宿の予約などは何もしていない・・。スカイマーク便より15分ほど早く空港に到着するために、飛行機を降りたとたんに運行状況を確認したところ、私たちが乗るはずだった高速艇は運休というマークがついていた・・・


続く
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サンクスギビング帰省
JFKに着いて入管でスタンプをもらう時に、ダンナがUS CITIZEN(日本ではシチズンと呼びがちですが、【シディスン】という発音すると伝わりやすいです)なので家族で一単位で並んで・・という時に、ダンナの職業がミュージシャンと聞いた途端、このインスペクターの友達がミュージシャンという事でなんだか、仕事しながら聞いているiPodを指差し、何かの曲を探し出し私たちに聞かせるは世間話するわ・・お陰で順番を待つ私たちの後ろにいた列の人々はどんどんスタンプをもらい荷物の回るテーブルに向かう。いらぬ足止めを食う私たち家族・・・さすがアメリカだ(笑)。

荷物を受け取ると4月に日本に来てすっかり日本びいきになった妹が迎えに来てくれて、なんとか荷物をトランクに詰め込み、ダンナは5年ぶり、私は3年ぶりのダンナの実家へ向かう。家に着くと姪だの姉妹だの何名かはもうそこに来ていた。二階にいたグランマが降りてきてセシィを見て涙。毎年夏に行っていたので会うのが楽しみだったらしい。デーカンは相変わらず人見知り。私も一通りのハグで皆との再会を実感。その後、子供たちは時差ぼけも手伝い夜中の3時ごろまではしゃいでいた・・。機内で眠れなかった私たち夫婦は2時ごろ寝た。翌日はサンクスギビングのディナーの日だ。寝る前に妹がブラックフライデーと呼ばれる脅威のセールのための打ち合わせにやってきた。

翌朝、目が覚めるとダンナは久々のアメリカンな食事を取りたがり、車を借りて姪も一緒にIHOPに行った(INTERNATIONAL HOUSE OF PANCAKEという店名の略)。サンクスギビングの用意にほとほと疲れたのか、またはディナーも作らない、呼ばれない?という人々で店内は溢れかえっていた。待つこと数分でテーブルに着いた。ダンナはご満悦。一度家に戻り、また買物に出かけるという妹にくっついて食料品や酒類の不足しているものを買いに行ったりして、時は夕刻。ゾロゾロと人が集まりだし、Praying Circle と呼ばれる輪を家族が手をつないで作り、長女のダンナが食事前のお祈りを口にする。大小合わせて20名いただろうか?もっと?姪っ子のフィアンセの前妻との子供たちやら、妊娠中の甥のフィアンセの子供とか相関図は非常に複雑なのだが、皆家族、というスタンスが微笑ましい。一番小さな子どもは8ヶ月位、大御所はグランマというでっかいファミリーなのだ。

深夜12時を回る頃でもまだ皆ゆっくりと会話を楽しむのだが、私は時差やら体調不良で1時ごろとっとと寝る。翌日は朝7時には家を出てNY観光には有名なアウトレット、ウッドベリーコモンを目指す。道中キャンピングカーやボートを引く車にも出くわす。本格的な冬の前に別荘で実質、今年最後の休暇を楽しむんだろうか。ウッドベリーコモンに着くともうその辺の車は空いているスポットを探しぐるぐるとしている。私たちも一通りぐるぐるしたところで、おや?こっちはなんでしょう、というところに行くと建物の裏側のガランとしたパーキングを発見!すぐそこのおもちゃ屋で1時に落ち合いましょう、という事で解散。気温は0℃くらいだったんじゃないかな、かなり寒かった。ストアによってはドアの前に人が長蛇の列を作り入場制限しているノースフェイス、グッチ、トミー・ヒルフィガーなどの店もあった。時間がないのでこの辺はスルー。子供のブーツを20ドルくらいで見つけてダンナのセーターやらを買い込む。自分のものを買う前に両手がふさがり指が千切れそうになる。車の鍵は妹が持っているのでトランクにしまいに行けない。という事で私は時間を待たずして終了。おもちゃ屋で時間を潰し合流し家に戻る。一休みして今度はマンハッタンのサウスシーポートでKIYOMIさんのブログで毎年お馴染みのSINGING TREEの点灯式ということで片道約一時間の電車の旅。ワールドトレードセンター駅ってまだ残っていたのね。サンタも見れたしグリンチも見れたけど、KIYOMIさん親子には会うことが出来ず・・。あまり大きな場所じゃないし、絶対に会えると思っていたのに残念・・。翌日もまた買物に出かけ、ダンナとセシィは更にその翌日帰国。同日、私とデーカンと妹でNJにいるおばの家に行った。確か以前にきてぃ。さんと行ったときにはカレーが待ってたのだが、今回はいなり寿司。私は海外でも日本食じゃないと・・というのと真逆なのだが、日本食を好まない叔父なのでこういうときじゃないと日本食を作れない、食べれない叔母なのだろう。いなり寿司は味付けされた缶詰の揚げを使ったらしくかなり濃い味。妹はこのいなり寿司を大そう気に入って、残りをもらっていくことにした。連日の疲れと体調不良で夕食を頂いた後、眠くなってしまい10時には寝てしまった。話し好き、ゲストもてなし好きの叔父が妹と1時ごろまで話していたらしい。ゲートハウスと呼ばれる場所のこの家は、その名のとおりゲートでゲストの確認などがあり、それがないと入れないので、消防車などのサイレンの音も聞こえないとても静かな環境で、連日人が出入りして深夜遅くまでテレビや音楽の音が聞こえ続けていた環境にいた私は、この旅行ではじめて熟睡出来た。

今回の旅では色々なイベントが目白押しで、ゆっくりアメリカの家族の家で・・というものと違っていて、ダンナたちより4日も多く滞在しながらせわしないのだった。そしてそのイベントの一つですが、サウスシーポートで会えなかったKIYOMIさんのお宅でNY在住、前回もお会いしたYさん、Sさんとのお楽しみ会(笑)。日本からごっそり買い込んだお土産を車に積み、姉と再びウッドベリーコモンに行くという妹に送ってもらう。到着すると皆さんもうお揃いでニッポンジン同士なのでハグはなかったけど、久しぶり〜、などとの会話が弾む。前回お会いしたすぐ後にベビーが出来てママになったYさんは息子がいるし、バブバブだったKIYOMIさんのベビーとうちのベビーはすっかり子供になっていて、かなりのハイパーで同年代の子供がついて行けない、というCちゃんとこれまた調子が出るとハイパーなデーカンは一瞬で友達になりかなり楽しんでいた。途中で子守をしてもらって買物に出かけたんだけど、5年前と比べてWTCの跡地の工事、進んでるのか??なんかビルの基礎部分を作っている途中だったみたいな場所を横目にこれまたツーリストの買物のメッカ(聖地)センチュリー21に(不動産屋ではない、有名なディスカウントストア)行き、常に買いそびれている自分のジャケットを見つけ買う。デーカン知らない人の家で大丈夫かー?と急ぎ足で帰るとすっかり二人は親友で、相当のハイパーさも衰えることなく遊んでいたようだ。ラッシュ時を避けてYさんは子供を連れて帰り、私は妹の迎えを待つ。アメリカではサンクスギビングの直後からクリスマスプレゼントの買物に翻弄される。迎えに来たのは10時頃だった。またねー、と子供たちも私たちも名残惜しく別れる。

帰国前日、ダンナのオーダーしていたものを取りに再びサウスシーポートへ。その足で今度はマンハッタンから30分ほどのJERSEY GARDENSというアウトレットへ。ここは昔、仕入れに来ていたお馴染みの場所で、私がナビゲートしてあげると妹が「私より道を知ってる!」と驚いていた。でも簡単にたどり着けます。ウッドベリーコモンは屋外にあって店のドアがそれぞれあるけど、ジャージーガーデンズは屋内でモール型のアウトレットなので暖房も効いているし、広いので疲れるけどそこそこの店揃いだし、私はこっちに軍配を上げたい。VICTORIA'S SECRETのアウトレット店もはじめて見たのだけど、安い!ボディケアなど75%オフだったもの・・。お土産はコレでかなり助かりました。下着もかなり安かったけど、これまたアメリカンなディスプレイなので、サイズの表示があってもごちゃ混ぜで探すのに一苦労、子連れだしやっぱりブラは探すのを諦める。いや〜、買物って疲れるねーーー!!

帰国当日、前夜からリビングで義母とおしゃべりしながらパッキング。荷物も下ろすの大変なので最初からリビングの片隅に積み上げてました。結局朝まで掛かって、仮眠を取り、義母が空港まで送ってくれることに。足が悪いので車は降りずにそのままの別れとなりましたが、最後の荷物を車から降ろしお礼を言うと泣くのを必死にこらえる顔が私の目頭を熱くさせた・・。また来るねー!と義母を見送る。やっぱりなかなか寝ない子供にヨレヨレになりながら成田に到着・・。いつものように実家に一泊してから帰宅したのでした。

はしょって書けない性格ゆえにまたダラダラと長い記事になってしまいました。これでも私の中ではかなりはしょってます。最後まで読んでいただいてありがとう&お疲れ様でした。
author:POP, category:, 18:08
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ハワイへ行こう!
昨日は眠れずなんだか二日酔いまで飲んでいないが体がボーっとしている。昔スキューバをやっている時は、夜中の二時過ぎまで宴会。朝5時半集合で早朝ダイビングなどもやっていた。朝の海って魚たちもまだ眠っているのか姿もあまり見かけず、朝日の差し込む海中で小魚たちが群れてるのを見てると「朝!」って感じで結構好きだったなあ〜。今日は朝からハワイでも屈指の観光ポイント、ハナウマベイへ向かう。コストコで買った飲み物やら車に積み込んで二台で車を走らせること30分ちょっと、右に大きく曲がりハナウマベイの駐車場へ車を止める。気がつけばデーカンの着替えやら水着やらを入れたバッグごとホテルに置き忘れる・・・。

ここは自然が守られているという場所で、ブリーフィングの映画を見るのに並ぶ。ハナウマベイがどうして出来上がったかっていう歴史や、まあ自然には手を触れてくれるなってな内容。ここではスキューバの体験などのツアーでホノルルからも多くの観光客が押し寄せている。私はダイビングは湾内ほのぼのより通称ドロップオフと呼ばれる荒々しい場所の方が好きなので興味沸かず。シュノーケリングのギアもレンタルしてぼちぼち海で遊ぶが、風が強いのとやっぱり熱帯地域でも11月だ。水温こそまだ落ちていないがぬるぬるの海とは少しだけ違った。ビーチにたどり着くまでに急な坂をてくてくと歩いていくか、トラムに1ドル払って乗るか・・というチョイスがある。トラムだと一分くらいで旅は終わるのだが子供がいるのでトラムに乗る。ちなみに帰りは1ドル50セント・・登りのほうがきついもんね・・。ひとみちゃんちの長女は中学生だがいつも男の子みたいな格好をしていて、誰が見ても正真正銘の男子と思い込む。なので着替えるときにセシィと一緒に女子トイレに並んでいたら「男の子はここじゃないの・・」と英語で話すガイジンたちがいて怪訝そうな顔をしていたと後でセシィが教えてくれた。ww

この日はノースショアで大きなサーフィンの大会が行われていると言うことで、早めに(と言ってもダラダラで二時半くらい)ビーチを後にしてひたすら海岸線を時計と反対周りにドライブする。途中でマリンワールドを通過して景色はだんだんローカルに。熱帯の植物で覆いつくされた山を見ると、なるほど〜、ジェラシックパークね〜!と思ったりもしくは、おお〜!LOST!と思ったり。だんだんと海岸線も平らになりノースショアを目指すが途中で疲れて、途中の店に立ち寄る。するとそこに最近オアフで有名なエビのケータリングカーを発見して食す。まあまあ。またしばらく走らせるとエビで有名な「ジョバンニ」やら何台もの車を発見する。屋台村って感じでした。走れど走れどなかなかノースにたどり着かない。着いたころにはとっくに大会など終わっていて、そもそもサーフィンファンではないがワールドカップくらいになれば見ごたえもあるだろうと、言う軽い気持ちだったのでさっさと割り切る。帰りはドールプランテーションで一度停車して眠気覚ましのコーヒーを手に入れようともがくが手に入れることが出来ず・・。その後はカメハメハハイウエイをひたすら下りH1を経由してホテルに戻ろうとしたが、1ドルショップを見てそのままスンドゥブと呼ばれるチゲ豆腐を食べに行く。

スンドゥブは7ドルくらいでご飯とお代わりできる付け合せのナムルが付く。その他色々と頼んで全員で130ドルくらいだったか?そして今日は妹家族が最終日で一足早く日本へ帰る。結局この日は私たちに同行してしまったためにアンクルジャックと一緒に過ごせるチャンスを結局逃してしまった。朝、ホテルにメッセージを残しに行ったそうだ。

最終日は朝からアウトレットに行ったが、レンタカーの返却の時間がありバタバタの買い物になってしまった。友だちから頼まれた子供の服をOLD NAVYで買う。COACHではリストウォレットが38ドルだったので自分用と友達用に二つ買う。町に戻りレンタカーのピックアップの車でホテルまで送ってもらうが私とひとみちゃんは携帯を返しに行って、トロリーで帰ってきた。レンタカーは夕方から借りて夕方に返すようにすれば良かったと思った。それからアンクルジャックに呼び出されていたので彼の滞在しているハレコアホテルへ長女、次女、四女と共に出かける。ここは軍用のホテルなのでのんびりしていて日本人は見当たらず、やっと外国らしい雰囲気を楽しめた。長女たちはエクスチェンジと呼ばれるミリタリーIDがないと入れない場所でアンクルジャックにお揃いのワンピースを買ってもらって喜んでいた。

その後はアラモアナに行って買い物!と思っていたが結局デーカンが寝てしまいちょうどなんかのイベントで劇をやっていたのでそこに腰を下ろしのんびりしていた。今日は最後のディナー、時間にとにかく追われる。。バケーションなのに(涙)。バスを待つがなかなか来ないため、タクシーで戻り支度してまたまた二台のタクシーに乗り込み「THE WILLOWS」へ。なにやらハワイサイトで教えてもらったのだが「ハワイといえばここでしょ」ってとこらしいのだが、車はなんだかラフな住宅街へ入っていく。どこ行くんだ?と思っていると左側に駐車場、右側に入り口というところがあり、近所の雰囲気とは違うようなしだれるような照明の場所。中に入るとネイバーフッドを忘れさせるようなしだれ照明の渦!とってもキレイ!!あちこちのポキを食べたけど、ここのが一番でした。値段も確か大人が24ドルくらいのバフェで内容もとっても良かった!但しお店が早めに閉まってしまうので気が付いたら料理が片付けられた後でした。お腹いっぱいだったので良かったけどね。

ここからは二手に分かれて、ホテル直帰組と買物組。アンクルジャックたちに落としてもらう形で別れを告げ車を降りる。向かうはDFSなんだけど私は買うものなくて結局その辺うろうろしてみる。アルマーニエクスチェンジでセールのTシャツを弟と自分用に一枚ずつ買う。カラカウア通りは夜遅くまでやっている店が多く、A/Xもセールだったせいか遅い時間にもかかわらず人がたくさんいた。最後の買物も終えてホテルに戻ると今度はパッキング大会。ケースに乗っかってギュウギュウ押しながら閉める。私の荷物はコストコで買ったマウイのブラウンシュガー4.5キロとか残った米とかなんだかすごいことになっていた。何時に寝たかは忘れたが、翌朝のピックアップは朝の5時50分・・(涙)。それでも2時ごろだったかなあ・・明日は帰国です。

author:POP, category:, 20:43
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ハワイへ行こう!
ちと間が開いてしまいましたが、ハワイの旅行記の続きが途中でしたので続けさせていただきます。どちら様もよろしいでしょうか。

前回までのあらすじ・・到着翌日は朝からKCCファーマーズマーケットやアロハスタジアムのスワップミートやら行って、夕食は大きなタンクが有名なパシフィックホテルのバイキング。さて翌日は予定人数である17名全員が揃ってのディナークルーズですが・・

前日の夜に到着した母の姉夫婦はNJから13時間近くをかけてホノルルに到着していた。二人とも76歳と高齢だが朝電話をしたがとても元気そうで安心。私たちは洗濯したい母を残し動物園へ。友人のひとみちゃんと娘はビーチに行くというのでセシィを任せた。動物園で幹に赤と緑の線の入った落書きしているような不思議な木を見つけたり、ここにあるバニヤンツリーは巨大でその木の下では客がくつろいでいた、つか暑くて陽の当たっているところを歩くのも大変だ。一通り見ていわゆる「ふれあい動物園」で子供はまた小フィーバー。暑いので帰る。ホテルからこの動物園まで歩いて7分くらいだが小さな子供がいるとそれも大変だ。やっと着く。

部屋に戻るとおば夫婦が来ていたのでみんなを紹介した。叔父のアンクルジャックは私の妹夫婦の参加を知らない。妹が叔母を訪ねてアメリカに行ったのが約15年前。当時は高校卒業してすぐ位で今の面影がないほど太っていたので、妹が部屋に入ってきた時はアンクルジャックは「ハーイ」と他の初めて会う者達にした挨拶をした。私が「誰だかわかる?」と聞くと「ノー」と。そこでネタをばらすと目玉が飛び出る驚き具合で、息も止まるってあの事だと思っていた。彼は今回妹が参加しないのならもう生きているうちに会える事はないと思っていたのだ。妹も家を買ったばかりでお金が厳しく最初は不参加表明だったし、無理にでもと私も引き下がらなかったので最後は喧嘩になったし、それでも来てくれたのでたくさんのサプライズが待っていたこの旅行で実はメインのサプライズと言ってもおかしくないくらい。それは感動の再会でしたよ〜〜。そして近くのマリオットビーチタワーのテラス席があるイタリアンの店でランチ。ひとみちゃんたちが帰り際に通り掛かる。とりあえずホテルに戻りダラダラしてちょっと早めに出かけROSSに寄る。ディナークルーズに待ち合わせの時間になりハイアットホテルの団体バス乗り場へ向かう。買い物に行ったひとみちゃんファミリーがちょっと道に迷い時間に遅れるが、バスのガイドのお兄さんは大丈夫と気にしない姿勢。

みんなが集まりバスはハーバーへ向かう。その中でお兄さんが自己紹介などをして「実はクルージングで大声コンテストがあるのでそれを練習します」と言う事で、全て案内は英語だったがみんなもお兄さんを真似して掴みはオッケー(死語)。私たちは「バスナンバー5」つまり5号車だったのだが、みんな近くの席に案内される。クルージングの船はエクステリアがクラッシックっぽく雰囲気が良いのだが、いざ船内に入ると昔の病院の食堂みたいで薄暗く、ちと・・かなりチープだったのでアリイカイクルーズ、パイナップルツアーズで41ドルと一番安かったのとクチコミでここにしたがうーん、コレでいいのか・・って感じだった。客は中国人がすごく多くて日本人は少なかった。他はいわゆるガイジンサンたち。気がつくとさっきのガイドのお兄さんはウエイターをしていて忙しく動き回っていた。船が港を離れワイキキ沖に向かう頃、ロマンチックなサンセットが・・のはずだったがこの日はあいにくの雨・・でも雲間からちゃんと見えました、サンセット寸前の太陽(サンセットは逃したが)。食事は思ったより悪くなかった。雨も何とか上がってデッキで夜景を見る。するとまもなく先ほどのレストランでショーが始まった。ハワイは元々はポリネシアンだ。ポリネシアンにも色々あってその国などでビミョウに文化が違うようで、それぞれの踊りを見せてくれる。ダンサーはさっきから忙しく働いていたウエイトレス達。気がつくとお兄さん、今度は踊っていたぞ!めまぐるしいショーでコレも意外と楽しめた。ダンサーがカッコいいとか変とかそんなのは抜きにすれば、イイデスカ?抜きにすれば楽しかった♪ディスコタイムになりそしてチークタイムも。キヨミとダンナは踊りなれているせいか息もぴったりで、妹チームは恥ずかしいのかふざけてるし(笑)、その合間も大声コンテストが行われ、バスナンバー5は優勝できず・・でもクルーズもほとんど終わりに近づいた頃にドリンク券もらっても・・。多少おしゃれしてフルコースを頂くクルーズも考えたが、二歳児三人じゃどうしようもないでしょう、まあガイド兼ウエイター兼ダンサーとお兄さんも大変でしたが、順次に客を下ろす時も最後の人達が退屈しないように最後までパフォーマンスを繰り広げてくれるのはなんだかロコならではのサービス精神のような気がしました。おしゃれに行きたい人には勧めませんが大勢で騒いでも全く問題ないという気軽さではココがオススメです。しつこいけど安いし♪この夜はクラブへGO!と言う事で大人たち(ババ達除く)でしたが次女がアンダーエイジなので留守番に回りました。BIG KAFNAというバーに潜入すると黒人がスティービーの曲でカラオケやってたり・・でこの人うまい!と思っていたらシンガーで日本にも15年いたそうでナヌ〜?と思って聞いてみるとうちのダンナの事もよく知っているという人でした。日本語もベラベラ。彼の友達だと言うジャイアンみたいな体をしていながらスカパーでやっている「リプリーのビリーブオアノット」にも出演経験があるという、インディカ米にアルファベットをたくさん書ける人(確か名前はフランクだった)も参加してなんだか盛り上がってきました。ついでにおごってもらえちゃってラッキー☆(キラ〜ン)!それから部屋に戻りシャワーを浴びてベッドに入ったのが4時は余裕で過ぎていましたが、なんだか眠りが浅く寝れない・・明日はハナウマベイです。
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