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遠い空へ逝った若き友へ
突然の知らせが届いた
しばらく会わないでいたからたまに心配していた

どこか甘えたがり、人恋しく、ひとりになる事を恐れ
それでいて人を拒絶する矛盾もあなたらしく
それでいてその孤独は誰にも知る術はみつからず

あなたの生きた時間はどんな意味を持ったのだろう
ひとりでひっそりと、忽然と姿を消してしまった
自らの命を絶ったと聞き、衝撃ながらもあなたらしいと思った

一緒にいろんなところへ出かけた
外国へもあちこち行った
美味しいものを食べて、朝まで飲んだり
くだらぬ話で腹がよじれるほど笑い
時として真面目腐った話もした
たくさんの楽しい時間を一緒に過ごした

明日会いに行くよ
あなたが灰になってしまう前に
とても安らかだというあなたの顔を見に



author:POP, category:ディープな話, 00:43
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かわりゆくふるさと
横浜で生まれ育ち、未だにその近所を住処とする私は横浜が大好きだ。適当に都会で適当に田舎のバランスと、世界に向けて開かれている港があり、異国情緒も日本の類似するどの街よりも特異であるといえる。80年代に訪れたグルメブームで中華街はその変貌を遂げ、より観光客向けの街へと変化した。子供の頃、朝粥を食べに行っていた裏通りにある小さな店にも行列が出来、足は遠のく一方だ。今ではそこかしこに点心甘栗を売る出店がひしめき合っていて異様にしか思えなくなってしまった。子ども時代を過ごした本牧も(今でも程よく近いのだが)高級住宅街をたずさえる憧れの場所としてもてはやされている。

バブルの頃にこの地元で大変ショッキングとも言える事件が起きた。マイカル本牧の誕生である。マイカル本牧は12のビルを群とするショッピングセンターで、それぞれのビルに1から12に振られた数字に基づき1番街、2番街などと呼ばれていた。1番と2番には生活に密着した店舗が入り、3番には郵便局、銀行、カルチャーセンター、巨大な駐車場が。4番は忘れたが5番には「ラルフ・ローレン」「トラサルディ」「フェンディ」なども入ったブランドショップのビルで、スポーツセンターやちょこっと気の利いたレストランなどがテナントだった。6番街は現在の六本木ヒルズにある駐車場のシステムを、日本で始めて取り入れたということで当時はかなりハイパーな感じがしていた。かなりの鳴り物入りでオープンするも、時代の流れは不況へと移りはじめそこそこのテナントが次々に抜け、マイカルの母体であるニチイが倒産したことにより雪崩のようにテナントが去っていった。オープン後しばらくは1200台ある駐車場のスペースを確保するまでに一時間ほど待ったりする事も珍しくなかったが、今では日曜日の午後など人の集まりそうな時間でもほとんど待つことなく車を停める事が出来る。近くにあったASTY館の1Fにはディズニーストアも入っていたがここも退去し、最上階にある子供を遊ばせるスペースだけが残っていたが、数年前に取り壊され今ではマンションが建っている。ル・ファールというホテルが5番街の横にあったのだがそこも取り壊されマンションに。番号が定かではないが7番も同様・・。2番も最近取り壊されマンションの建設が始まっている。6番はとっくの昔にその最新システムを取り払い、パチンコ屋を1階に構えるシネプレックスとなり、いつでも割と空いていて映画が見れるという、愛用者にとっては少し冷や汗ものの環境もあるビルへと変貌していった。

昔そこのスポーツクラブはAQURA(アクラ)と呼ばれ、現コナミスポーツとなったエグザスの中でも格別のクラブだった。屋内と屋外がつながれたプールはスケルトンの構造で明るく開放感があり、私もかつてメンバーだった頃、このクラブによく通ったものである。5番街も様相を当時とかなり変えながらも長らく生き残り、1Fにはユニクロも入ったりしたが結局はどんどんとテナントが退去しないといけない状況に陥ったのだ。テナントがほとんど退去した後も、コナミスポーツは鎮座し続けたのだが結局は先月で営業を終えてしまったということで、5番街のテナントは全てなくなり、映画を見に行く際に愛用していた地下駐車場さえもクローズしてしまった。

コナミしかなくなってしまったことで、5番街の命のともし火も消えそうな線香花火のような終末は見当がついたのだが、12あった建物は一つ一つちぎられるように取り壊され、または人手に渡り、今残っているビルのうち二つは駐車場としてしか機能しておらず・・・。

こんな寂しい移り変わりも、本牧に限らず日本のあちこちにあるのだろう。しかし・・このところのマンションの乱立は目に余る。景気は上昇といってもどちらかというと低所得といわれる層も増えているらしく、どこを見渡しても誰もが景気の恩恵を受けているとは思えない。新しく建つビルの傍らで、住人も減りながら新しい住人も望めないような古いビルやマンションもかつては新しかったわけで、今から人口もどんどん減っていくような先々に、廃墟と化した取り壊しも出来ないビルが乱立しているような画を頭の中に描かずにいられない。
author:POP, category:ディープな話, 21:06
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子供の間で流行ってるもの・・
それは自殺・・。
いじめだのなんだのって、おかしい先生もいるけど
大体が学校で起こってる事で、先生たちを気の毒に思うよ。
それにしても一体どうなってるんだ、この世の中。
子供たちの脳は身体に比べて変に歳をとってる。

おかしい、おかしすぎる。
author:POP, category:ディープな話, 01:41
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宗教を真面目に考えてみる
禁断の創価ネタΔ能颪い親睛討抜慙△△蠅任后

チャリティショーに近所の教会でダンナの演奏を聞きに行った時に、ショーが終わって色々と関係者が歓談する場面になりました。先ほど出演していた教会のメンバー達も、お疲れ様でしたー、などと言って笑顔を交し合って、その場を離れる時にダンナがこういったのです。

「It's nice to be around church people always」

つまり、教会の人たちは良い人が多い、と言う類の意味なのですが、ホントに皆さん笑顔が輝いていてと言うか、人当りが良くて話していて気持ちがいいのです。多分、創価の人も、他の宗教の人も、神を信じる、というひとつの同じ目的があり、そこで研ぎ澄まされた心を持ったりするわけです。私の困った友人達も、仏に対する姿勢とか、私はあまり仏教の事も知らずえらそうな事を言ってますが、やっぱり勉強しているなあ、と思う事もたびたびあります。ダンナの家族をはじめ周りにはクリスチャンが多く存在し、クリスチャンの思考などはダンナは良く知っているわけです。そんで肝心の彼はと言うと私同様無宗教で神は信じるが崇拝するものは何もなく・・って感じです。ダンナとFOXで最近始まったアメリカのリアリティショーでトップモデルを養成する、と言う趣旨のものですが、みんな他人を蹴落としてでもモデルになりたい!という意気揚々とした雰囲気の中から、色々なトラブルが生まれます。何人かのモデル達が合宿所であるアパートメントの一室を後にして遊びに行ったの後、一人のモデルがメッセージを見つけます。それは「明日の朝10時から撮影があるので7時半には支度をしておく事」と言う内容で彼女は遊びに行ったモデル達に内緒にして出し抜こうと思った、と言う事を翌朝みんなの前で口走ったのです。するといわゆる敬虔なクリスチャンであるが故、セクシーなビキニを着る事も拒否するような少し年配(と言っても26)のモデルが、こういう悪は正さないといけない、と言いその場にいたモデル達の手を取りみんなが丸くなり、神様に祈りを始めたのです。神様、私達の中にいる悪魔を追い払ってください。正しい方向へ導いてください、と。女性の事なので、その一場面を振り返り感情的になり涙を流すものも数名・・。ん?と思ってみていたら、そのクリスチャンの女性は何かと言うと「神」の名を挙げる・・。他のシーンでは涙していたモデルまでが「何にも祈ったりしてはなかった」とか「いい加減にして欲しい」などと口々に彼女のクリスチャン振りを非難めいた言葉で述べていたのです。を何かを話していた数日前のことです。それを私と一緒見ていたダンナはこう言いました。

「I don't mind about God. but religion」

神は疑わないが、宗教は・・ってな感じの意味合いです。無宗教だから、と言うのではなく、信仰は大いに肯定する、つまりこれは個人の問題です。私が神を信じていてそれで救われても救われなくても、誰にも迷惑を掛けることはありません。しかし、これが宗教という団体になると、例えばその団体が所有する不動産の取得や家賃などにお金がかかり、信者にその負担が回り、信じるがゆえに役に立ちたいと思う信者は、神に捧げるのは精神だけではなくもっと物質的なもの、つまりお金を捧げる事もいとわなくなり、それを信心のための正当なものであると錯覚するのです。人間の心理とは非常にもろいもので、例えば同じ犯罪を犯した美人とそうでない人は美人の方が軽い刑、もしくは無罪になる可能性が高い、という話しを聞いた事もある人がいるかもしれませんが、内装が全く同じで同じ家賃ならボロ屋より見た目もきれいで新しい家がすぐに借主も見つかるわけです。宗教も信者が増えればビジネスの面を持つようになります。と言う事は誰かがどこかで美味しい思いもするわけです。たくさんの部下(信者)に恵まれれば、それだけたくさんの収入も期待できるわけで、宗教とはもっと純粋でなければ・・と感じても、21世紀を生きる人間とすればそんな事実がある事を否定する方がオカシイ、ってな感じでしょうか。でもそれは表立って言えない・・信者はピュアな気持ちを忘れていない、だって宗教ってそんなものでしょう。そこにブラックホールがあったとしても見ない、見えない、見させない。そのひずみがとっても気持ち悪いんです。

ある創価の友達が、最近話題(選挙だの新聞だのお願い)を出さないのでこちらから切り出して、まだ信心やってるの?と切り出した時に、う・・ん、やってるけど全然真面目じゃない。と言うので、どういう意味?と聞いたら、新聞も選挙も全然やってないし、会合とか行くのも変な踊りをさせられるのがイヤで・・(ハラ踊りを想像したw)。彼女の「真面目に信心をする」という定義には、信仰心を磨くとか、仏の教えを紐解くとか、一日一善とか、人としての道をまっとうに生きるとか、そういうことよりも新聞を友達に勧めたり、選挙のお願いに行ったり、会合でみんなと歌ったり踊ったり、と言う事にウエイトが非常に重くのしかかっているのだ。そしてそれが少なからずとも負い目になっている、という事も感じた。

かなり前になるが川崎で、エホバの証人を信仰する親が、子供が瀕死の重体で輸血が必要だったのだが、その子供が未成年だったため輸血の可否判断は親に委ねられ、宗教の教えで輸血は拒否、そして子供が亡くなりこのことは社会問題までに発展したので記憶にあるのだが、ただ単に考えれば宗教は不気味・・という捉え方も出来るだろうが、この人たちにとって見ると、例えば輸血をしないことで死んでも、天国がありまた別の命となって生まれ変わる、というような教えがあり、他人の血で自らが汚れるより、死は名誉なことなのだ、と勝手に解釈するが、そう考える事が出来るのならご自由に、とリスペクトするだろう。この場合は子供に起きた出来事だったので大きな議論を呼んだ。尊厳死と関連して脳死=臓器移植などもまだまだ未開発の日本なのでこの辺は非常に難しい。全体を考えると不可解な事の方が多いのが宗教でもあるが、純粋にその教えのひとつひとつは頷ける事の方が多い。っていうか、当たり前のことなんだな、どれも。w

人間は弱い。群集となればそれを引っ張るもの、引っ張られるのが好きなもの、つまりSMの関係が生まれてくる(だんだん私らしい内容になってきた♪)。脱線しますが、昔SMクラブをやりたいという人がいて、私に白羽の矢が刺さった事があり、興味津々で話を聞いた。口汚い言葉で罵り、人を叩いてお金をもらえるだなんて、という簡単な気持ちだったが、やはり最後は本番にいかずとも「抜く」ことが必須だということで、私のはかない夢は破れたが、色々とSMの事を聞くうちにその深さを知る事になる。確かに痛さの中に潜む快感と言うのがあるらしく、その証拠に人々は痛い傷を触ったり、虫歯に触れたり、あたた、やっぱり痛い・・などという行動に出るのを聞いたことがある。なので叩かれて気持ちいいというのも否定できないのだが、もっと奥深く、精神的な束縛につまり支配される側とする側の精神的なやり取りは信頼がなければ決して成り立たずただのプレイで終わる。なので良い客を掴むと、一生困らないという女王への道だったが、志半ば以前にその道を断った私だった。

ということで今日のSMの教義は終わり、じゃなくって、またこの話題は(SMの・・じゃないですので期待しないように)続く。
author:POP, category:ディープな話, 00:03
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禁断の創価ネタ
去年の暮れの頃である。うちから程近い場所にある教会で、クリスマスチャリティーコンサートが行われた。ダンナの友達のミュージシャンが二名ほどこの教会のメンバーで、ダンナが出演する事もあり出かけてきた。中華街に近いこの教会は、ビルのワンフロアーを貸しきっていて、礼拝の行われる大きな部屋とその他保育ルームや食堂などかなりの広さだった。ここでは、プリスクールといいいわゆる幼稚園が英語での教育、つまりインターナショナルスクールなのだ。今流行のこの手のプリスクールと違うのはモンテッソーリ方式という教育法に基づいていること。年間60万ほどでかなり安いが、教会が運営しているという事で、聖書にまつわる授業みたいなのがあったりもするらしい。

コンサートは礼拝の行われる場所で開催された。教会のメンバーが聖歌隊を勤めたりして、チャリティの割にはそこそこのミュージシャンが集まったりして、いわゆるアットホームな感じだった。観客はかなり多く150人くらい?無料なので何人かの友人にも声を掛けた。ダンナもチャリティのことは知らず、私も何のチャリティーなのか?という事が頭をよぎったが、外人が多く通うこの教会、外人のチャリティー好きなのもあり気にはならなかった。途中でこの教会の牧師が登場して、実はモンゴルにあるこの教会の仲間の教会が襲われ、そこの牧師が殺されてしまったそうで、スライドとともに「この家族のために祈りましょう。そして心のある方がいらしたら募金をお願いします」と始まったのでした。もちろん、ダンナのギャラもすごく安かったんですが。数名の友人が顔を見せしばしの音楽を楽しんだりして、みんな年末の忙しい時間もあり個々に帰って行ったのです。

友人のひとみちゃんから後日聞いた話しによると、誰かがとある男性に(私も知ってる人)声を掛けたらしく、彼もやってきたそうです。音楽は楽しみながらチャリティの部分になると、ひどく怒って「帰る」、と言い出してみんなもそろそろ一杯どっかで飲んで帰ろう、となったらしく、そのまま近場のバーへ行ったそうです。で、実は彼も、彼に声を掛けたほかの私の友達も実は学会員だったんです。声を掛けた方はうちのダンナのファンだったり、音楽に関わる仕事をしているので、ひとみちゃんと二人で1000円寄付したそうです。もちろん強制でも、強制じゃありませんといいながらの強制ビームも出ている雰囲気はありませんで、私も子供を追い掛け回すのが忙しく寄付しなかった一人です(笑)。怒った彼は無料だと思って来たのに寄付かよ、と怒りをぶつけたのかもしれません。いくらでも、と言って一万円からじゃないと受け付けない学会の財務とは明らかに違うのです。まあ、このチャリティには30万を超える募金が集められ、モンゴルの父親を亡くしたファミリーへのクリスマスプレゼントとなった訳です。

最近、創価ブログを読んでます。脱会した人の話などはホントにびっくりするばかりです。逆に、熱血の方のブログ書かれた事を解釈すると、生きる目標のない人の発する言葉は心がこもっていなく、真剣に生きる人には叶わないそうで、そうやって真剣に生きている人が学会人なんだそうです。と言う事は学会人以外の人の人生は意味がない、と言う事に??極論かと思われるでしょうが、いわゆるバリとして活動している方は頑なに外部を非難し遮断します。何度も頼まれて断った聖教新聞ですが、現学会員の方も「あんな汚い言葉のオンパレードの新聞を知り合いに勧められない」と罵詈雑言だらけの新聞(機関誌)だと認めております。以前にアメリカが北朝鮮を「悪の枢軸」と非難した際に、逆切れした北朝鮮がアメリカを罵りましたよね、予想するにあんな感じでしょう。それを考えると、帰る、と怒った学会人の彼の怒りの矛先は、『無料と聞いたのに寄付』<『他の宗教なんかを助けると仏罰が下る』とか、多分その辺の時限だと思うのですよ。寄付はあくまでも寄付だし、100円でもショーを見た代償と払えば良いし、払わなくても誰もあなたを尾行したりしません。自分達の情報が正しく、ネットやTV雑誌など他の媒体等で目にする情報はウソ、デマだと教えられるそうです。その教えを守ってか、活動家の方々はかなり頑なに非会員などの方の書込みなど拒絶しています。それなら未公開にするか、コメント受け付けるな、と宗教どうのよりも常識のABCが欠けているような気がします。

最近良くおじゃましている、こすとこさんの『私のしあわせ日記』。彼女は二世として生まれて学会を否定することなく当たり前に生きてきたのですが、色々な出来事から学会から距離を置くようになった人です。学会で悩んでいる人や、学会って?と思っている人は是非行ってみてください。ほのぼのした感じでとても好感が持てます。信仰とは別に(個人で信仰は出来るので)、宗教のあり方なんかも自分なりに解析していて人気のブログのようです。
author:POP, category:ディープな話, 01:26
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禁断の創価ネタ
誰もが知っていたり体験したりしている事実なので、禁断でなくても良いのですが、少し大げさにタイトルを続けます。

9月8日の記録にあるように、私が子供服の店をやっているときに母が親友を連れてきました。この人のことはよく話しを聞いていたので、どうも〜いつもお世話になってますーと挨拶をお互い交わし、最近おばあちゃんになったばかりの母の友人は私の店を絶賛で、その後もたまに現れては初孫のための衣類を買って行ってくれたんです。ある時はそのまた友人を連れ、って感じで
、とても良い人だな〜という印象でした。確か母からこの友人は学会人なのよ、なんて言う事を耳にしていたのですが、Xデー来ましたねー!電話で選挙依頼。もちろん丁重にお断りしましたよ。申し訳ないんですが、二十年来の友人の頼みも断ってるんですよ。力になれずにすいません、と。あちらは、あらー、そうなの・・って感じでしたが、驚いたのはその後です。

なにやらこの方は、わざわざ母に電話を掛けてきて、私の事を愛想が悪いとかなにやら悪口みたいな事を言ってきたので、「何かあったの?」と母が聞いてきたのです。私はここで「あー、あれかー、やれやれ」と思い、その顛末を話しましたが、母もまだこの時は自分の友達が悪い思いをしてまったくこの娘は何やらかしてくれたのか、って感じでした。私も不平な事へのクレームなどは怖気ず口に出す方なので、母もその性格を知っているし、多分そんな思いのほうが強かったと思います。

母と彼女の付き合いは付かず離れずで続いて行きますが、今から半年ほど前でしょうか、母を自宅に招待したそうで、日曜日だったかなんかで、ご主人もいるだろうし、悪いからいいわよ、と断ったら、いいからいいからと半ば母の腕を掴み強制連行。そしたら他の「友人」が既にスタンバッていたらしく、いいビデオがあるのよ、一緒に見ようと、やっぱり学会のビデオを流し始めたそうです。母は気持ち悪くて、もう帰る、とその家を飛び出すように逃げたらしいのですが(まあここまではよくある話で)、その後スーパーマーケットに行って気が付いてびっくり!さっきの先客が母を尾行していたそうです。もお、あれは気持ち悪かったわよ〜〜、という体験談をしてくれました。私は「だから言ったじゃーん!」と母に言いました。

学会の事に詳しい方に聞きたいのですが、何のための尾行ですか?
author:POP, category:ディープな話, 22:22
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禁断の創価ネタ
今から約20年前ほどですが、当時創価に熱く傾向していた友人が、うちの近所に住むおばさんを連れて、遊びに来たわけですよ。誰かしら?と思っていると「お世話になっている人」だそうで、まあその話の内容はうろ覚えでありますが、創価学会への入会のお誘いだったわけです。私は宗教は否定しませんが、だからといって自分が何かの宗教をやる、と言ったわけではない、いわゆる無宗教の人間なんです。全くそういう気はありません、ときっぱり断ると、そのおばさんは残念そうに、しかしながらきっぱりと「そうか・・じゃあ仕方ないね」と引き下がりました。当時長女が一歳になった頃で、そのおばさんは「近くだから、今度遊びにいらっしゃい、うちにアヒルがいるから」と、少なくとも友好的に帰っていったのです。

ある日、そのおばさんから電話がありいつだったか「お昼にラーメン作るから食べに来ない?」と誘われたのでした。暇だったし、子供がアヒル見て喜ぶかな?とお誘いを受けて、土曜日の昼頃そこのお宅へお邪魔したのです。するとそこの台所には私と同年代位の女性がいて、彼女はまさしく私の子供と同じ年頃の子供がいて・・と言う事で、このおばさんが気を使って呼んだのかなと思ったのもつかの間、「こんにちは」とあいさつして次に彼女から出てきた言葉は、「どうして入らないの?」でした。何となく胡散臭い感じがしながらもラーメンを食べながら子供の話などで時間は経ちます。すると、こんにちはーっ、と一人がやってきては、それが数回繰り返され、最後には6対1の対決になっていったのです。私はこの出来事を、集団で入会を迫られた、と人々に伝えてきましたが、最近になってこれが創価の常套手段である「囲み折伏(かこみしゃくぶく)」だと言う事が分かりました。全く意思のない私をラーメンと言うチンケな餌で釣り(釣られる私も私でしたがw)、半ば恐怖さえ感じられるような、そんな雰囲気の中、まずは北風作戦で、一人のとっても感じの悪いおばさんは、髪を振り乱しながら「子供のためにも入るべきなのよっ!!」と言い入会を強要してきます。いうなれば、悪徳の訪問販売に掴まったような、そんな感じでした。私には必要ない、と頑なに突っぱねると、今度は太陽作戦で、一人が「いついつ入信したクリーニング屋のあの奥さん、どうなった?」と切り出すと、他の一人が「そうそう!それがね・・」とはじめ、「お客さんから預かったスカートが戻って来てない、と苦情があったらしいんだけどね」と言うと、みんなうんうんと頷きながら聞き入っています。で「探してみたけど見つからなくて、お客さんにその事告げ、弁償しますって言ったんだけどね、プレゼントなので弁償で片付けられても困る、って言われて毎日お題目上げてたら、ある日そのお客さんから、こちらの勘違いで手元にありました、って電話があったって」。すると一同、えええーーーーーっっ!!!!と感嘆の声を・・・私は冗談でなく、プッと吹いてしまいましたよ・・。そんなチープな話は当時まだうぶだった私でも(真偽はともかく)、まともかそうでないか位は判断付きますって。実話ですが、10万円の入った財布をトイレに忘れた時に、親切な人がそのビルの真向かいにある交番に届けようとしたら誰もいなかったので管理事務所に行く途中だった、というところに出くわした事があるのは、非学会人の私にどうしてもたらされた事なんでしょうか?

第一ですよ、嫌がり拒絶する私を「騙して」連れ出し、今度は多勢での囲み(ほんとに円座)攻撃するとは、その宗教を否定する前に、その人の人格を否定せざるにはいられません。というか、そういう教えをしている宗教に一番の悪の根源がある事も事実ですが。第二にですよ、まあこちらが第一なんだろうけどね、創価学会はその昔、会員は「貧乏人と病人しかいない」といわれた事があると聞きましたがそれは事実のようです。その証拠に学会の教えに「この宗教は願いが叶う素晴らしい宗教」ってもんがあるらしいのですが、そりゃ貧乏から抜け出せたり、病気が治るなら試してみる価値はありそうです。でもね、宗教ってもっと内面的なものじゃないの?病気でも美しい心や生き方を持ち合わせる事が出来る、とか、貧乏でも心に何か明るいものをもたらしてくれるとか、そうあるべきなのよーーーーっ!と髪を振り乱し絶叫したい気持ち(笑)。先に記事にしたB子は、ホントこの宗教はすごいよ、願いが叶うよ、とマニュアル通りに語り掛けてきて、例えばどんな?と私に聞かれると、「そういえばなんだっけ」ってな感じで苦し紛れに「健康でいられるし」と言うから、じゃあB子さ、食べるものも何にも気をつけずにいる?というと、えっ、それは・・とモゴモゴ。その後に例の、池田先生は雨漏りのするボロ屋に住んでる(現在進行形でおっしゃってました)、という会話へ進行して行ったのですが、もし願いが叶う宗教が本当に実在して酒飲みのタバコ吸いの肺がんの末期の人が、薬も飲まず、酒もタバコもやめずに祈り続けガンが完治するなら、ウソでしょ、って言いながら信じるかも・・やっぱりそれもウソ臭いが(笑)。しかしそんな安っぽい話を信用させるなら、俗っぽい雑誌に出ていて、ライスチャームだったかこのブレスレットを肌身離さずつけていたら、借金まみれで冴えなかったのに、億万長者になってベンツにクルーザーに女まで手に入れて・・っていうあの笑えるCMの方がよっぽど信じるって(いや、あのページには楽しませてもらってますが、信じませんw)。

B子の話ですが、来年一年生になる息子を創価のアメリカにある大学へ進学させたいらしく、ちなみにここの家庭ではご主人は学会員ではなく、仕事が忙しいゆえに、彼女が会合なんかでいないこともスルーできるようなんですが、たぶん実は迷惑している部分も多いかと。元会員だった彼女の母親が近くに住んでいて、B子ちゃんは創価学会の事、ホントにどうにかした方が良い!と私に言ってました。元はこのお母さんの影響で入ったんですがね(笑)。創価がアメリカに大学持ってんだと言うと、良い大学なんだよー、と。ふーん、そこのユニバーシティ、何が有名なの?留学や遊学でアメリカに行った人、行きたい人っているけど、創価大学に行きたいって言う人は聞いたことがない、と突っ込むと、毎日のように新聞で良い大学だって言ってる、と。「・・・・・・・・(半ば諦めて)何の新聞?」「聖教新聞」。絵に描いたような展開だったので、マインドコントロールの怖さをしみじみと感じたのです。

だいたいやね〜(懐かしの竹村健一)、宗教って言うもんはね、基本的に「あの世」を想定して、死んだらあの世で楽に暮らせるか、と言うようなものでしょ。死後の世界、否定はしないけど本当にあるとも言い切れない。どなたか学会の方がおっしゃってましたが、あるかないか分からないもののため「功徳」という言葉を餌に、生きている時間を色々なノルマに課せられ、度重なる色々な勧誘で友人をなくし、学会でない家族からの理解を得られず、それで大事な大事な人生を、安っぽい健康食品の宣伝文句と同じ、ガンが治っただの、○○を得た、だの、ちっぽけな私利私欲のために宗教は存在するのではない。聖なるものであるべきなのに、数々の暴言が並ぶ新聞を人に押し付けようとする、その行動たるものはなんなんでしょう。○○宗は首から上の病気が多い(つまり精神病の事)とか、そんなものでしか自分の宗教がどれだけ素晴らしいかという表現を出来ない貧しさ。姉歯も板橋で起きた少年の両親殺害事件も学会員、その他数え切れない犯罪の多くを学会員が起こしている事を考えれば、学会は犯罪者が多い、との解釈をしてしかるべきではないのでしょうか。私はそんな事したくないけどね。学会のスタンスはこういうものなのですよ。まして「退転(学会を脱退する事)すると地獄に落ちる」って・・地獄持ってきて見せてよ、落ちた人も一緒に、と無理な問いかけに無理で返したくなる(笑)。ええ、創価はカルトの定義にはまる、カルト中のカルトですよ。第一、それって脅迫でしょう。こんな人が教祖だなんて、イヤだなあ・・。

もちろんこれは創価に限った事ではないが、宗教とはもっと純粋で人の心に語りかけ、迷いから救ったり、教えてくれたり、そんなシンプルなのじゃダメなのか?やっぱこれも金か・・。

マンセー、と聞こえるのは気のせいでしょうか?ダンナに見せたら北朝鮮だと言ってましたが、これがsokagakkaiだよ、と教えると非常に驚いていました。


こいつもか?
author:POP, category:ディープな話, 22:25
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友人宅の
ゴールデン、オス11歳が瀕死である。大型犬であればこれくらいが寿命と考えても良いかもしれない。以前はその家を訪ねると駐車場にある小屋から尻尾を振りながら、伸びをしたりして出迎えてくれた。ここ数ヶ月は年老いたなあ、という感じがしてきたが、先日は息がとても苦しそうだった。友人の話によると腹水がかなりたまり、一月に一度位で水を抜いていたが、その間隔がどんどん狭まり、最後に病院に行ってから数日しか経っていないとのことだったが、お腹をさするとかなり張っている様子が伺えるほど容態は素人目に見ても良くない。

その日の夜は夕飯をご馳走してもらったのだが、その時の娘との会話で「また水抜きに行くの?」と聞かれると母である彼女は「うーん、もう行かないかもね」というので、私が「安楽死とかは?」と聞いたら、きっぱりと「それはない」と言っていた。

ある日、テレビでやっていたのだが、ペットブームの陰に潜む「ペット介護」を特集していて、ここの家ではロシア原産の超大型犬であるボルゾイを飼っているのだが、いつしか歩行が難しくなり現在では全く歩けない状態だそうで、リハビリと称してそこでも母と娘が朝晩二回、すりむけ防止の靴下を犬に履かせ、二人で犬を抱え足を掴み「イチ、ニ、イチ、ニ」と声を掛け合い足を交互に動かすのである。病気で痩せてはいるものの30キロ以上ある犬を「リハビリ」させることは本当に重労働で、飼い主の愛がないと出来ない代物であった。犬は家族同然と可愛がる飼い主がほとんどで、しかしながら犬は自由に走れたり、犬らしく暮らして犬だと言えるのではないだろうか。ビタミン配合とか言いながら結局は「化学化合物」や添加物がたっぷりのドッグフードを当たり前の食事として与え、何かの機会にケーキなど与え、毛皮を着ているのに更に衣服を着せる。確かに手軽に飼い主が楽しめる色々な方法が溢れていて、実際にそれを楽しむ人も少なくない。その裏側で犬もおかしくなっている。散歩を十分にさせなく足腰が弱ったり、食べ物が原因でガンや糖尿病など成人病になったり。うちの子は自分のこと犬って思ってないのよ、って言う飼い主、じゃあしゃべらせてみろ(魔邪風に)、って感じでしょうか。バウリンガルという犬の気持ちを翻訳してくれる機械が一時話題になったが、本当に犬の気持ちがわかったら怖いと思いませんか?

その夜、家に戻ってまたまた犬好きのダンナと話した。彼のケイレブ(KALEB)と言う名前は元来はCALEBであり、聖書に出てくる犬だかなんだかの名前だそうだ。彼も子供の頃秋田犬と共に過ごした経験があり、飼うなら大型犬と決めている(散歩は自分がさせると言ってるが・・信用していない、w)。自分の長年一緒に暮らしてきた犬が病気で苦しんでいて治療、治癒は無理で、それを自然に命が淘汰されるまでその苦しみも一緒に見守るか?それとも家族の都合の良い時にみんなで見守りながらその死を迎える時を過ごすのか。もちろんどちらも飼い主にとっては非情な決断であり、命が掛かっているだけに苦渋の選択である。私も彼も安楽死を選ぶだろうという結果だった。

今日の朝、ちょっとした用事で連絡を取ると、昨日から血便が出ていて動けないので獣医さんが今来てくれるところ、とメールがきたので、みんなで見守って安楽死させてあげるのも愛だよ、誰もいないときに苦しみながら心細く死んでしまうより良いかも、と返すとやっぱり「昨夜寝る時それを考えてた」と言っていた。
author:POP, category:ディープな話, 16:31
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やはり突然に
去年の9月の雨の日に、次女の友人がバイクの事故で死んだ。このブログにも綴ったのだが。そこで久しぶりに会ってあいさつをした長女と次女の中学の先生が亡くなった。飲酒運転&赤信号、そして犯人は捕まったもののひき逃げだった。酷い。

この先生はとても教育熱心だった。といっても勉強のことではなく、生徒に非常に深いかかわりを持ち、人の生きる道とかそんな事を教えてくれる稀な先生だった。長女がグレかけて学校に行かなくなったり、学校に行って保健室でサボっていたりしても、叱り飛ばしたりせず、愛情を持って指導をしてくれるような先生だった。長女もすぐに辞めた高校だが、あの先生の熱心な説得がなければ、高校を受験することさえもしなかったかも、と言っている。以前にも何度も家に足を運んでくれても、親の私にも子どもにも苦言することなく、たしなめ悟らせる、自信を持たせる、そんな教育者だった。

私と同い年のこの教師は、妻と小学生の子供を二人残し、あまりにも残酷なカタチであまりにも唐突に旅立ってしまった。そしてやはりなくならない飲酒運転によるひき逃げ事故。犯人に妻子がいたとすれば、誰もが不幸な道を歩むことになる。そして奪われてしまった命への呵責を一生背負い生きていく。15年もすれば社会へ復帰して生きながらえた命を全うするまで生きていく。あの時飲まなければ、運転しなければ、と悔やんでも悔やまれない思いを胸に、命が消える時まで抱えていくのだ。長女さえも「もう一度会いたかったな」と言っていた。家族はもっともっとその思いが強いだろう。それを考えると心が痛む。

岸先生、どうぞ安らかに眠ってください。色々ありがとう。
author:POP, category:ディープな話, 21:11
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禁断の創価ネタ
先日二十年来の友人が遊びに来た。彼女は数年前にご主人をガンで亡くし、現在は仕事をしながら一人で子供を育てている。以前に書いた私を折伏しようと囲んだ人は、彼女の知り合いでそして彼女の紹介だった。彼女も右に習い選挙のお願いやら電話が掛かってきたりして、私も面倒で連絡もせずある意味遠ざかっていたのだが、また選挙を目前とした四月のとある日電話があったので一瞬構えたが、ご主人が経営する会社でのお花見への誘いだった。その後はしばらく創価関連で連絡があることはなくなり、彼女のご主人の具合や、多少の距離を置いた友人同士がお互いを気遣う連絡が多くなった。

最近はあまりにも創価の話題が少ないのでもしや脱会したのか?と思い、まだ信心は続けてるの?と切り出してみた。その返事は、まだやってるけど全然ダメ会員だ、という。どうしてか訊ねると、座談会やらそんなのも行かないし、歌いたくない歌を歌わされたり、変な踊りをさせられるのがイヤだそうで、選挙やらそんな活動にも辟易としていると言っていたので、それが宗教を信じる者の正しい姿だ、と言ってやった。創価の人間は否定するが、客観的にその言動を見ても絶対にマインドコントロールされている。家族が全員信者ならまだしも、度重なる座談会や集会などで家族のことがおそろかになり、不満や恨みを日々重ねていく子供や配偶者も少なくない。板橋で起きた熱心な信者である(特に母親)両親を殺害した少年もこの類であったと言われる。その辺を危惧しながら彼女に二三質問をしてみた。

少し前から気になりだして読んでるブログや創価関連のページから私が得た情報だが、上納金のシステムを財務と呼び年に一回この呼びかけに対し強制的ではないが一人一万円以上というような目安もあるらしく、これを功徳と擦り込み結局全財産を投げ打つ人も少なくないそうだ。これに対して彼女は「学会がまだないような地域での創立などに使われている」と解説したが、売り上げだけで月間100億円を超える聖教新聞や、レイプされたゴーストライターもいる池田氏著になっている冊子の売り上げやそんなものでまかなえるだろう。ここで彼女のマインドコントロールはまだまだだと感じ、そして一日に十時間近くお題目を唱え終わった時に心の中にダイヤモンドのような輝く何かが生まれた、らしくそれは一般的にはちょっと違うけどランナーズハイ様の脳内麻薬による現象だと私に吐き捨てられながらも、いや、あれは違うって言っていたので、やっぱり洗脳とは恐ろしいものだと思ったりした。フランスでカルト認定されているんだよ、と言うと(これは創価学会も認めているそうだ)それは顕正会という団体だ、ときっぱり。クソ坊主発言で(クサレだったか?)名誉毀損で負け、80万円を支払ったという事もまったく彼女は知らされておらず、それもそのはず、「勝つ」ことがこの宗教のモットーの一つでもあり、世界平和どころか世界征服を目論む危険な団体であるのだ。ちなみにカルトとして国家で認定されているのはフランスだけではない。

新聞や座談会、集会等で目にする耳にする物が正しく、他で伝えられているものは悪、そしてそれを知り疑問を持つと「魔」が出たと言われるらしい。今人気のデフテックだが、このブログを読むとなんだか全国にわんさかいる学会員どもがCDを買いあさり、DLをしまくりながらチャートを操り、実はやんわりと音楽と言う若者に不可欠なアイテムを利用して、布教活動に利用していると言う疑問も生まれてくる。というかそうなんだろうなあ。デフテックに折伏されたというダンナに非常に関係のあるAI、何かの間違いであって欲しいのである。
author:POP, category:ディープな話, 12:47
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